親子で着物

お正月に親子で着物を着ました。

娘は蝶々の付け下げに蝶々の帯。
どちらもろうけつ染めです。

私はちょっと控え目に、雪輪に蝶々柄の絵羽小紋と帯のセット、プラスさくら柄の羽織り。
これも全部ろうけつ染め。

娘とはサイズがほとんど一緒なので共有できるんです。

ようやく自分で着れるようになったところなのに、無謀にも娘にも着付けることにしました。

年末の練習ではうまくいきました。
初めて人に着せるのにこんなにうまくいって、しかも30分もかからずに。

「私って天才?」と自画自賛。

ところが・・・

いざ本番では、???

なんで?どうして?

何回やってもおはしょりがダメで、帯揚げも浮いてきて、とてもお見せできない出来…。

でも、みんなをお待たせするわけにもいかなくて妥協しました。

練習の成功はまぐれ、ビギナーズラックだったようです。

そんな出来でも、娘はご満悦、おじいちゃんおばあちゃんも喜んでくれて、久しぶりに家族みんなで集合写真を撮りました。

それにしても、人に着せるのって難しい。

私は20年近く補正下着を愛用してるので、きっちりキツめにシャキッと着たい方ですが、娘はキツいの苦手。

どのくらいの力で絞めればいいのか見当がつきません。

キツいと具合悪くなるし、緩いと崩れてくるし…。

たまに、浮いてくる帯揚げを入れながら、それでもなんとか夕食まで保ちました。

その日は温泉泊まりだったので、旅館の方にも

「親子さんでお正月にお着物、いいですねぇ。蝶々の帯がよくお似合いです」って。

娘が主役なので、娘がお褒めの言葉をいただいて、着物に理解を示してくれれば私もハッピー(^-^)

すごいスピードで着物を買い過ぎたので、ちょっと肩身が狭くて…。

まだ着てない着物(見せてない着物)が半分以上あるんです。

いずれは全部娘の物にって言ってますが、娘曰く

「私が着る頃には流行変わってるんじゃない?」

確かに・・・

着物って流行がないとか一生着れるとかって言いますが、流行はやっぱりあるみたい。

たとえば裄の長さ。
ここ何年かは長めが流行りらしいです。
10年前の本を見ると今より短いし。

あと、コートもふくらはぎまである8分丈、羽織りも長羽織。

長めに作っておけば仕立て直しはできるけど、仕立て代がかかる…。

柄や色の流行もあるみたいだし(だって親の成人式の着物を娘が着たらなんとなくレトロ)。

やっぱり着物は高価なものです。

でもその分、着た時には特別な気分を味わえるんですね。

この先、着こなしてはいきたいけど、気持ち的にはいつも新鮮な気持ちで着ていきたいな・・・

京都へ行ってきました

京都に行ってきました!

着物に目覚めて、初めての京都です。

朝から着物を着て、飛行機に乗って、伊丹から京都みやこメッセへ。

呉服業界NO.1のさが美さんの展示会です。

実は何日も前から着付けの特訓してた甲斐あって、当日の朝は30分で着ました。

飛行機に遅れちゃたいへんですから。

私にとっては、社交界デビューのような、着物デビューの日。

なんたって、千人もの厳しい目に晒される日ですもの、着付けにもヘアースタイルにも気合いが入ります。

今回の目的は、展示会着物を見るよりも、集まる人々の着こなし、コーディネートを見ることと、今の私のレベルを確認することでした。

結果としては、かなりの合格点をもらいました。

2日間ともを主役にしたコーディネートで、会場の写真係の方に「昨日のもステキでしたけど、今日のもまたステキですねぇ」と言ってもらえましたから。

お客様だけで1000人もいるのに、覚えててもらえただけでOKですよね。

しかも、目覚めて5ヶ月とは思えないほど着こなしてて気付けも素晴らしいって。

お褒めの言葉を頂くと、ますます頑張りたくなりますね。

展示会場では、着てしまったらアウトです。

着る前に、好みとか顔うつりとかで1〜2枚選ぶけど、着てしまうとそれを勧められます。

自分で?と思ったら、他のも着てみたいとはっきり言えなきゃ後で後悔しますね。

会場の中で、コーディネートの参考になる方が何人かいました。

でもやっぱり好みや体型が違うと、ステキ!とは思っても、自分で着たいとは思えませんね。

それから、着こなしてる方って、さり気ないんですね。

着物を着てて普通って感じ。

私はまだまだ、着物=特別な物という意識があるので、それが着姿にも表れちゃうのかも。

今度は着物京都の街を歩きたいわぁ。

呉服屋さんに意義あり

呉服屋さんに意義あり!です。

どうして最初から私に似合うものを勧めてくれなかったのかしら。

尊敬するろうけつ染めの作家先生に、初めて言ってもらえました。
より柔らか物が似合うって。
振る度に揺らめくの柔らかさ、適度に体にフィットする柔らかさがイメージにピッタリって。
いくら高いでも雰囲気に合わないって。

私も密かにそうじゃないかな〜とは思っていたけど、呉服屋さんには、は自分で気付けしやすいし、価値がある、と展示会の度に高いを勧められて…。

あーぁ、買わなければ、何枚も柔らか物買えたのに。

今は3件の呉服屋さんに顔を出してますが、ばかりを勧めた呉服屋さんには足が遠のいてます。

着付けの先生に「自分に似合う物がわかるまではまだ買っちゃダメよ」と言われてたのに、買ってしまった私が悪いんですね。

これが着物にハマるっていうことなのかしら…。

きもの 着物

着物は高価なものなのになかなか着る機会もなく、しかも着物着付けへ行かないと着れないわけだから、着物レンタルとかリサイクル着物とか着物古着でいいかと思っていました。

母が持っているアンティーク着物を見ても、京都きものを見てもピンとこないし・・・

京都着物着物柄着物髪型はいいなとは思っていましたが、着物をちゃんと考えたのは子供の七五三着物を選んだ時以来かもしれません。

自分が興味がなかったもんですから、きもの市場が大きなものだとも知りませんでしたし、せいぜい本場の京都きもの市場がそこそこなんだろうと思うくらい。

それから、きもの着物帯襦袢やその他小物も必要で、洗える着物があることも知らなかったので、無意識に着物は「めんどくさい」が頭の中にありました。

そもそも、着物に関して知っている言葉というと「京都きもの友禅」「大島紬」「着物着付け教室」くらいでしたから。

着物仕立て着物リメイク着物ヘア男着物着物買取正月着物着物クリーニング・・・ なんにも知りませんでした。

さすがに成人式着物については知っていましたが。

そんな私が今やすっかり着物にハマっています。

困ったほどに・・・


最近、ファッションに敏感な若い子が夏になると浴衣をきていますね。

雑誌の特集でも「ビキニと浴衣」などと、「大人」世代にはどうみてもミスマッチとしか思えないようなものでも、それが「おしゃれ」な感覚なのでしょう・・・

倖田來未松田聖子といった芸能人がデザインした浴衣が出ていることからも、ファッションとしての浴衣の人気があることがわかります。

そんな世代の娘を持つ私ですが、去年の夏、娘に影響されて20年振りに浴衣を買いました・・・。

今考えると、浴衣を選ぶところから、すでに着物にハマりつつあったのかもしれません。

そして、滅多に誉めない友達に「とても似合ってる」と言ってもらえたことも拍車がかかった理由のひとつかも・・・


訪問着

もともと洋服を選ぶのも好きなので、着物というジャンルは、新しいおもちゃを見つけたような新鮮な発見でした。

初めて買った訪問着は、京都上田耕三先生という作家先生の作品で、着物の絶妙な色使いにうっとり。

高いか安いかもわからずに決めてしまいました。

ちなみに、来年用の浴衣をoffのうちにと買いに行ったのに、です・・・

この訪問着は娘の成人式の写真撮りの時に着ました。

家族からは「着物を着ると老ける」との評判だったので、この時点ではまだハマってなったんですけど・・・

お召

着物が似合う体型って、首が細く長く、肩が張ってなくて、おしりが小さめがいいみたいです。

呉服屋やさんであててもらう度に「似合うわぁ」と言われて、その気になったんですね。

次に買ったのはお召

お召が何かもわからずに着尺がステキというだけで決めたので、帰ってからネットで調べました。

フーン、徳川11代将軍がお召しになったからお召なのね。

柔らか物の中間なのね。

と、わかったらなんだかうれしくなって、次々調べてみました。

訪問着付けさげの違い、の産地、季節の着物、格、文様…。

調べれば調べるほどもっと知りたいことが出てきて、本も何冊も買いました。

本には着付けのポイントも載っていて、見ているうちに、自分で着れるようになりたいと思い出し、着付け教室を探すことにしました。

呉服屋さん

行きつけの呉服屋さんで勧められるままに何枚か買った頃、ふと立ち寄った別の呉服屋さんで衝撃を受けました。

安いんです!

しかも展示会でもないのに商品がいっぱい。

寿光織り天蚕糸丸帯大島紬、作家物の付け下げ、夏物、スワトー刺繍、絞りの浴衣…。

うれしくなってあれもこれもと着せてもらいました。

あててみるだけで、それを着た自分をイメージしてしまうんです。

やっぱり着物って洋服にはない、何か特別な晴れ着って感じがします。

そして、それを着た私もまた「特別な私」に変身してしまうんですね。

こうして、昼間は呉服屋さんで実践、夜はネットや本で知識の吸収、という日々を確立していきました。

一つ知る毎にうれしくてたまらないんです。

もっと知りたくなるんです。

たとえば名古屋帯袋帯は何センチ違うのか、単衣の微妙な季節、帯揚げ、帯締めは季節の先取りOK、明石縮みは絹で小千谷縮みは麻、麻には麻の長襦袢…等々。

そして織物の産地は京都、沖縄、新潟の順だという事もわかりました。

参考資料 帯締め

帯締め(おびじめ)は、着物の着付けをするために必要な小道具の一つで、帯を固定するのに用いる紐。帯締め紐。


<ウィキペディアより>


参考資料 帯揚げ

帯揚げ(おびあげ)は、着物の着付けに用いる小道具の一種で、帯枕を包むもの。
帯から少し見えるため、着物や帯とのコーディネイトをすることが多い。


<歴史>
帯揚げの歴史は意外に浅く、登場は江戸時代末期である。
深川芸者が「太鼓結び」を発案したとき、帯の形を整えるために帯枕も発案されたが、この帯枕を隠し、かつ重くなった帯を支えるために発明されたのが帯揚げではないかと考えられている。
大衆化したのは錦絵の記述などから明治10年頃とされる。
帯揚げが商品化されたのは更に時代が下がり、新聞広告などから見て明治40年頃であったと思われる。
ちなみに三越、白木屋百貨店の広告を見ると、当時の価格は帯揚げ1本1円50銭程度が相場だったらしい。


<ルール>
慶事の礼装は白色、弔事の礼装は黒色が一般的。
色が派手な総絞りの帯揚げは振袖向きと言われる。

また正面を見たときに「入」と言う字に見えるように帯揚げを納める方法(入り組)は独身の女性しかできないといわれている。


<ウィキペディアより>



参考資料 単衣

単衣(ひとえ)

単とも書く。

1、裏地のない和服のこと。
6月から9月までの間にしか着られないという慣例だが、ウールや綿、紬の着物はこの限りではない。

対語:袷(あわせ)

2、十二単で着用する裏地のない着物。小袖、袴を着用した上に羽織る。


<ウィキペディアより>


参考資料 袋帯

袋帯(ふくろおび)とは日本で用いられる帯の一種。

女性用では、幅はおおよそ30センチ(鯨8寸)ほど長さは4メートル前後。
半幅(鯨4寸)袋帯もある。男性用では幅約10センチほど(角帯)。

名前の由来は織りの技法(袋織り:二重織の一種だが、表裏の耳の部分が繋がり袋状の生地になる)からで、礼装や晴れ着の帯である。この様に織り上げたものは本袋と呼ばれるが、この他、縫い袋(鯨8寸幅の織物2枚を重ねて耳を縫い合わせたもの)や、片縫い袋(鯨16寸幅に織り上げ、幅半分に折って、耳を縫い合わせたもの)もある。

帯板を必要とせず(但し現代の着付けでは帯板を使うことがほとんどである)扱いも楽なため、現在は丸帯に代って礼装用の帯の代名詞となった。

生地は綴織、唐織、錦、紗などで、文様も生地全体を覆う絢爛なものが多い。裏は通常は無地になる。

尚、名古屋帯にも袋帯に匹敵する豪華なものがある。


<ウィキペディアより>


参考資料 名古屋帯

名古屋帯(なごやおび)とは日本の女帯の一種。

明治以降に普及。
名前の由来は、考案した呉服屋の馴染みだった名古屋の芸者が身につけていたことから。
あるいは、名古屋女学校(現在の名古屋女子大学)の創始者越原春子が考案したともいわれているなど諸説あり、「名古屋帯」という名称は使わず、「なごや帯」と称する場合もある。
このことからヤフーオークションのカテゴリーは「なごや帯」となっている。

体に巻きつける部分(前帯)を最初から半幅帯みたいに折りたたんで縫い付けてあるのが特徴で、お太鼓を結び上げた状態では遠目には袋帯と区別しにくい。
錦などでも仕立てられ、外出着や略礼装にも用いられる。
形状から、袋帯と比べると帯結びの自由度は低い。

種類は、仕立てる前の織物の幅によって

九寸名古屋帯(帆布の帯芯を入れて仕立てる)
八寸名古屋帯(帯芯を入れず単純に折り返し、縫い合わせる)
に大別される。 (お太鼓の部分の幅は何れも鯨8寸となる。)


<ウィキペディアより>


参考資料 丸帯

丸帯(まるおび)とは日本で使われる女帯の一種。

幅の広い(約68センチ)一枚の布地を半分に折って仕立てたもの。 礼装用に用いるが、帆布の帯芯を入れて布を折りたたむため重くて扱いにくく、現在はほとんど廃れて、芸者、舞妓、等の花柳界や、婚礼衣装ぐらいにしか使われない。


<ウィキペディアより>

参考資料 紬

紬(つむぎ)とは、紬糸を機織りの緯線・経線の片方若しくは両方に用いて織った布、若しくは縫製した和服。

<概要>
紬は綿を解いて紡いだいわゆる木綿糸、または絹糸のうち本繭と呼ばれる楕円形の繭とは異なり、本繭よりも劣るとされる太くて節の多い玉繭から紡いだ手撚りの玉糸(節糸とも言う)やくず繭と呼ばれる変型した繭から紡いだ紬糸を機織りの緯線・経線の片方若しくは両方に用いて織った布をいい、手撚りした糸(紬糸)の太さに均一を求めない。
このため本繭から作る絹糸を用いた布の表面が絹独特の光沢を帯びるのに対し、紬は鈍い光沢を放ち表面に小さなこぶが生じ、独特の風合いをだす。耐久性に非常に優れ、数代にわたって着繋がれることから、相応の価格で取り引きされる。

紬は丈夫なことから古くから日常の衣料や野良着として用いられた。このことから材質が絹であっても正装に用いてはならないとされ、外出着若しくはお洒落着として用いられることが多いが、近年では略正装程度であれば用いる場合がある。


<主な紬>
米沢紬
仁田山紬
結城紬
牛首紬
信濃紬
飯田紬
郡上紬
椎名紬
久米島紬
大島紬(奄美大島)
交織紬
琉球紬
弁柄紬
塩沢紬

<紬いろいろ>
紬はもともと野良着であったのを江戸時代の通人が見出し、色合いが渋い上に絹なのに絹らしい光沢を持たない、さりげなく趣味の良さを主張できる粋な反物として人気を博した。
そのため農村の若い女性にとっては大切な収入源となったが、紬の名産地米沢の女性たちは丹念に織り上げた布を出荷する夜には別れを惜しみ「米沢の女は紬を抱いて寝る」とも言われた。
女性たちが丹精込めて織り上げた布は数代にわたって使えるほどである。
織るのに手間がかかることもあって現代では着物好きの人が趣味的に着用する衣装として高額で取引されている。
野良着として使われたということもあり紬は非常に丈夫で、父から子へと数代に渡っての遺産ともなった。
しかし裏を返せば、織りたてでは生地が硬く着心地がよくないため、裕福な商人は番頭などに自分の紬を着せて柔らかくなった所で自分で着用したという話もある。
嘘のような話ではあるが、現代でも著名な落語家が弟子に自分の紬を着せて着易くなってから取り上げたという逸話がある。


<ウィキペディアより>



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参考資料 訪問着

訪問着(ほうもんぎ)は日本の女性用着物(和服)の種類の一つ。

意外に歴史は新しく、明治時代に洋服の「ビジティング・ドレス」に当たる着物として考え出された。正装の一つであり、当初は背中・両袖の3カ所に家紋を入れる慣例であったが、次第に廃れて今では紋を入れないことも多い。

特徴として「絵羽」と言われる模様づけがある。これは最初に生地を採寸通りに裁断して仮縫いし、着物として仕立てた時点でおかしくならないよう絵を描いた後、再びほどいて染色作業をするもので、これが付け下げとの最大の違いである。

用途として結婚式への出席(親族以外の場合)、茶事、パーティーなど、華やかな行事には大概対応できる。また、既婚者・独身者どちらでも着用してかまわない。


<ウィキペディアより>


参考資料 大島紬

大島紬(おおしまつむぎ)は、鹿児島県南方の奄美諸島の主島である奄美大島の特産品で手で紡いだ絹糸を泥染めしたものを手織りした平織りの絹布、若しくは絹布で縫製した和服。大島の通称若しくは略称で呼ばれる。


<ウィキペディアより>

参考資料 友禅

友禅(ゆうぜん)とは、布に模様を染める技法のひとつ。

本来でんぷん質(米製)の防染剤を用いる手書きの染色を友禅と呼ぶが、現在は型染めや友禅を模した模様をプリントしたものも友禅と言う名称で販売されていることが多い。日本の最も代表的な染色法である。

名称は創始者である江戸時代の扇絵師・宮崎友禅斎から名づけられたといわれ、彼の創始した京友禅の技法を本人が加賀藩(現在の石川県)の城下町金沢に持ち込んで独自の発展を遂げたものを加賀友禅という。 明治時代には、広瀬治助が捺染の技法を用いた「型紙友禅」を考案し、友禅染の裾野を広げた。

一つの布の面に世界の染色の中でも類を見ないほどの多彩な色彩を使い、「友禅模様」と呼ばれる曲線的で簡略化された動植物、器物、風景などの文様を描き出すのが特徴。考案者が絵師であったこともあって、当時は日本画の顔料として使われる青黛や艶紅などを柄の彩色に使用した。(日本の絵の具)1856年に発見された化学染料の発達によって模様の彩色は多岐に発達し、普通は単独で十分に衣装を装飾するが振袖などの特に晴れがましい衣装の場合は鹿の子絞りや刺繍、金彩などを併用することもある。


<ウィキペディアより>



参考資料 アンティーク着物

アンティーク着物とは昭和初期以前に作られた着物(和服)のことで、特に状態の良いものを指す。

大正ロマンや昭和モダンと呼ばれる花柄や幾何学模様、アール・デコを意識したデザインなどが近年のレトロブームで再評価されている。アンティーク着物は日本人が日常的に着物を来ていた頃に制作されたものであり、縫製や染めが丁寧であったり、着易いように工夫されていることが多い。

並以下の状態のものは骨董市などで安価で入手できるが、状態の良いもの・質の高いものは10万円以上と高価である。ただしこれでも新しい着物を仕立てるよりは、はるかに安価である。


<ウィキペディアより>


参考資料 襦袢

襦袢(じゅばん、ジバン)は、和服用の下着の一。「襦袢」は元々ポルトガル語の「ジバン」に当て字をしてできた言葉である。

元来は丈の短い半襦袢が使われていた。のちに絹製の長襦袢ができた。

襦袢をもし「下着」に分類するならば、見せる着方が正式な着装法とみなされている点で世界の民族の下着の中で例外的な存在である。


<ウィキペディアより>



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